真宗大谷派 浄円寺
83
浄円寺コラム<83> 2023,6,10重共聡
上手(じょうず)に落ちたねぇ 2013秋
11月初めのことでした。その日はうちの母がやっているお茶の稽古の日で、いつもは生徒さん達4人の車で境内(けいだい)が一杯になります。
僕は太極拳の教室で夕方から金沢へ行っていて、帰宅したのは夜の11時頃でした。まだ稽古をやっていると車を車庫(しゃこ)へ入(い)れられないので、入(はい)れるかどうか確認するために、一旦タメジロ(屋号)へ曲がる道の辺(あた)りに車を止めました。そして車から降り、参道を歩いて本堂の前まで来ました。
案(あん)の定(じょう)稽古中で車が4台止まっていたので、これじゃ中へ入れないなと思いました。
そして引き返そうとした時です。消防小屋の向こうのあたりで、
「ガタン」
と、音がしたような気がしました。
空耳(そらみみ)かなと特に気にとめずに車のところに戻ってみて、初めて異変(いへん)に気がつきました。
「えっ?!」
僕はその場に茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしました。
止めてあったはずの車が跡形(あとかた)もなく消えていたのです。
すぐに我に返って周囲を見回すと、直(じき)に消防小屋の横の一段下がった田んぼに斜めに突っ込んでいる愛車を見つけました。
状況がのみ込めるまで時間はかかりませんでした。
さっき僕が車から離れる際に、エンジンをかけたままシフトレバーをⅮ(ドライブ)からP(パーキング)にするのを忘れて、サイドブレーキも引かずに下りたので、車がひとりでに動き出し、対向車線を超えて消防小屋の横にあるイザイモン(屋号)の田んぼに向かってゆっくりと進んでいき、高低差(こうていさ)のある田んぼに前輪を乗り入れたところで止まったのです。
車の後部はお宮さん(神社)の前の県道にはみ出しているし、あまりに不自然なその光景を見て僕は気が動転してしまいました。
運転席に入って動かそうとしましたが、タイヤがスリップして土を飛ばすだけでした。
「なんで車から離れる時パーキングにしておかなかったんだろう!」
と頭を抱えましたがどうにもならず、辺りをうろうろしていました。
そこへ、お茶の稽古を終えた母が出てきたので、ビックリするだろうと思いながら、事情を説明して現場に連れていくと、それを見た母から思いもかけない言葉が返ってきました。
「上手に落ちたねえ。こんなきれいな落ち方はなかなか出来んぞ。」
予想外のその一言(ひとこと)で、落ち込んでいた僕の気持ちがみるみる軽くなっていくのが解りました。
言われてみると、もし車が左側にそれていたら、権次郎さんの看板の前の用水へ落ちてあちこち破損しただろうし、まっすぐ進むとその先にはイノスケ(屋号)の建物があるし、何より対向車と衝突しなくてよかったと、胸をなでおろしました。
それにしても、いつもは礼儀やしきたりのことで口うるさく言われているのに、その時の母から口をついて出てきた、
「上手に落ちたねえ。」
の一言は、動転していた自分の心を救ってくれました。
車を落として右往左往している自分の目に、母の姿がとても大きく映(うつ)りました。
車は、翌朝行きつけの井口(いのくち)自工に頼んであっという間に引き上げてもらいました。幸い無傷だったので、そのまま乗っています。
猟銃立てこもり事件より 2023,5,25
今年5月25日の夕方に長野県中野市で発生した猟銃発砲・立てこもり事件で逮捕された31歳の容疑者は、死亡した近所の女性2人について、
「悪口を言われていると思い、殺してやろうと考えた。」
と供述(きょうじゅつ)している。(読売新聞)
この報道に接して、
「容疑者が、苦しみ・悩みのメカニズムを知っていたら、人生を棒に振ることはなかっただろうに…。」
と思った。
好きな人間、嫌いな人間
皆さん、朝から晩まで何かに障(さわ)られとりゃせんかや?
例えば、好きな人間と嫌いな人間がいるゆうことが障られとるゆうことじゃ。
気に入っとる人間とだったら仲良く話すが、嫌いな人間じゃったら、
「寄るな。」
と思わんかい?
嫌いなもん(者)がおると、
「あっちゃ行っとってくれたらいいがのう。」
とか、
「こっちへ来てくれんにゃいいがのう(くれなければいいのに)。」
と思うやろ。こういう心が障られとるがや。
何に障られとるんか?
気に入らん人間に障られとると思いなさるかい?
そうじゃない。気に入る入らんは己(おの)れの性根(しょうね)にあるんじゃないか!
問題は向こうにあるのじゃない。己れにあるのよ!
それを知らんから、人は苦しむのよ。
好きじゃ嫌いじゃは、向こう(相手)にあると思うておるけれど、好き嫌いは己れにあるんじゃないか。すべてのものは己れの中から、そういうようなこと(好きだ嫌いだ)を言うて、己れが苦しむのじゃ。
好きじゃ嫌いじゃは、己れの感情の迷いが言いよるんじゃけん。
そういう世界を地獄という。苦しいでしょうが。
体は、そがいなことを言いやせんねん。心が言いよるんね、心が!
(藤解先生 昭和61年3月)
自分を苦しめている正体は?
我々は、人から怒られたり悪口を言われたりすると、その相手が自分を苦しめていると思っている。
でも、本当にそうだろうか?
一歩踏み込んで考えてみると、見方が変わってくる。
相手が自分を苦しめていると思っていたのが、実はそうではなくて、怒られたり悪口を言われたりして自分の中に湧き起った相手を恨(うら)んだり憎んだりする心が、自分を苦しめ傷つけているのだ。
苦しみ悩みの根源(こんげん)は、自分のこころ(妄念・妄想)にあるのだ。
では、自分を苦しめていると思っていた相手のことは、どう受けとめたらいいのか?
そうなると、嫌われ役となってそのこと(苦しみに対する正しい見方)に気づかせてくれる相手は、自分にとっての仏様になるのではないだろうか。
そしてそのことに頷(うなず)けたら、おのずと相手に手が合わされる。それで問題解決だ。
ただ残念なことに、今回の容疑者は怨嗟(えんさ)(恨み)のこころを自分の中で処理できず、自滅の道をたどってしまった。
[連載企画]
太極の世界に足を踏み入れて<青春編>
最初の仲間
「一度会って、太極拳についていろいろお話を伺いたいのですが、富山市まで出てくる機会はないですか?」
ということだった。
こちらは、会社が隔週休(かくしゅうきゅう)二日制で暇(ひま)を持(も)てあましていたところだったので、早速(さっそく)つぎの土曜に先方(せんぽう)の勤務先の県庁まで車を走らせることにした。
課長代理をやっているとのことで、ちょっと気おくれしたが、ドアから覗(のぞ)いて、
「宮本さんはおられますか?」
と声をかけた。
すると、奥の方から姿を現(あらわ)したのは、優しそうな感じの四十代と思われる男性だった。その姿を見た途端、ホッとして肩の力が抜けた。
これが、富山へ来て最初の太極拳の仲間となる宮本さんとの出会いだった。
昼頃だったので、近くの喫茶店に場所を移して話をしたと思う。
「太極拳の老師だから、もっとお年を召(め)した方(かた)だと思っていたら、お若いのに驚いた。」
と言われた。ぜひ太極拳を習いたいという。
「じゃ、富山市まで来ましょうか?」
と言うと、
「いや、こちらが教わる立場なので、お宅まで出向きます。」
と、返事が返ってきた。
それから毎週日曜の朝、小五の息子さんを連れて、汽車を乗り継(つ)いで二時間の道のりを、城端町(じょうはなまち)の僕の家まで通って来られた。城端は、世界遺産合掌造(がっしょうづく)り集落(しゅうらく)のある五箇山のふもとに位置し、ユネスコ無形文化遺産に登録されている五月の曳山(ひきやま)祭り、九月のむぎや祭りで知られている。
僕の家は小さなお寺なので、本堂の畳の上で簡化二十四式太極拳を稽古した。終了後は離れの客間で一息入れ、城端駅まで車で送っていった。
「わざわざ遠くから来ていただいたのに、何のおかまいも出来ずすみません。」
と母が言うたび、
「とんでもない。不肖(ふしょう)の弟子でご迷惑をおかけしています。」
と答えるのが、宮本さんの口ぐせだった。
二十歳近い年下に教わるなんて自分にはとても出来ないなぁと、頭の下がる思いがした。
ところが宮本さんと同じ年代になった頃、柔道整復師の資格を取ろうと専門学校に入り、そこで自分より若い先生たちに教わってみて、
「あぁ、こういう感じなのか。」
と納(なっ)得(とく)した。
年配の先生にはない初々(ういうい)しさがあり、新鮮な感じがして楽しいのだ。
僕の場合には、たまに板書の漢字の間違いを指摘して困る顔をみて楽しんでいた節(ふし)もあるが、ま、とにかく当時の宮本さんの気持ちが少しは理解できた。
(つづく)
[次号 6月24日]