真宗大谷派 浄円寺
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浄円寺コラム<52> 2022,4,2重共聡
人生は出遇い<その四>
ち・は・る…?! 2022春
自分の新聞の読み方は、まず一面に目を通し、次に一番後ろから一枚ずつ前に戻りながら、目に留まった見出しの記事をチェックしてくというやり方だ。
僕の家は正力(松太郎)さんが国会議員の頃から読売(新聞)一筋だった。
3月11日金曜。
いつものように読売を開いていると、ある記事が目を引いた。
大きな見出しで「震災孤児へ募金活動11年」とあった。
サブタイトルは「富山の居酒屋店主」「東北の酒注文で寄付募(きふつの)る」と出ていた。
そこには、店主と思われるお年寄りの男性が写っていた。
いつもなら、そこまで見ると次の記事に移動するところなのだが、その日はたまたま内容に目がいった。そして、二段目に来た時、
「あれっ?」
と思った。
注目したのはこの行だ。
「富山市桜町で35年間居酒屋『真(ま)酒亭(さけてい)』を営(いとな)む、村田千晴さん(69)。」
となっていた。
69才というと自分と同い年じゃないか?俺も写真に撮(と)るとこんな風(ふう)に写るのかなと思うとちょっと愕然(がくぜん)となった。
村田千晴という名前には見覚えがあった。
二階へ行き、ロッカーから高校時代の卒業アルバムを取り出して確認してみた。
やはりそうだった。
終わりのページにある名簿を見ると、ぼくと同じ3年3組に村田千晴の名があった。
次に、前に戻ってクラスの集合写真を見てみると、そこには記憶とほぼ変わらない村田君の姿があった。
この顔が年取ると、新聞のようになるのかもしれないなと思ったが、確信までには至らなかった。
5年前の同窓会で配布された名簿を見てみると、欠席だった彼の住所が高岡市戸(と)出(いで)町となっていたので、さらに解らなくなってきた。
戸出から富山市に35年間も通うのは容易じゃないし…。
でも男性で「千(ち)晴(はる)」という名は珍しいんじゃないだろうか。同姓同名がいるとは考えにくいとも思った。
そこで早速、富山市内在住で、桜木町を自分の庭みたいにしている友人のスマホに連絡をとってみると、まだ入ったことはないけど真酒亭は聞いたことがある、という返事が返ってきた。
次に、歯の健康チェックのハガキが来てそのままになっていた山本武夫歯科に予約の電話を入れた。
福野高校で同級生だった山本君は同級会の幹事もやっていて、みんなの近況には詳(くわ) しいと思ったからだ。
当日、歯のクリーニングを終えて会計したところへ、院長の山本君が顔を見せたので、例の新聞切り抜きを見せて話し始めた。が、すぐに彼の表情からその記事についてすでに知っていることが見て取れた。
やはり、写真の人物は同級生と同一人物だった。
山本君がその記事を読んだことを真酒亭の村田君に連絡すると、「ありがとう。」と返信が来たとのことだった。
僕の知る高校時代の村田君は、物静かで独自の存在感があった。まさか彼が将来居酒屋をやろうとは夢にも思わなかった。
コロナが収まったら、お酒をこよなく愛する富山の友人を誘って訪ねてみようと思った。
獄中の人間にとって一番怖いもの 2022春
僕が二十代の頃愛読していたのは、五木寛之(いつきひろゆき)と加藤諦(かとうたい)三(ぞう)だ。
学生時代は五木寛之氏の「青春の門」のファンで、発売されるたびに書店へ走っていた。「島原の子守歌」が題材のラジオドラマは、実際に九州へ旅し島原地方を訪れたほど感化された。
その一方、当時早稲田大学助教授だった加藤諦三氏の心理学の著書は、悩み多き青春時代の僕の心に寄(よ)り添(そ)い励ましてくれた。著書「俺には俺の生き方がある」や「やり抜くために俺がいる」は当時の自分にとってバイブルだった。
五木寛之氏は浄土真宗にも造詣(ぞうけい)が深く、「蓮如物語」「親鸞」などの著作が知られているが、自分の中では流行作家のイメージが強く、最近の著書にはなかなか手を伸ばす気持ちにはならない。
加藤諦三氏は、先日NHKで放送された「SWITCHインタビュー」(2022,2,26放映)で久しぶりにお目にかかった。
この番組はいつもは見ないのだが、加藤氏は今でも頑張っているんだなと思いながら、ちょっとだけのつもりが、だんだん画面に引き込まれて行った。
ハーバード大学の客員研究員だった1973年、アメリカマサチューセッツ州コンコード刑務所で受刑者にインタビューした時のことを話していた。
強盗犯中心の86人が対象で、インタビューの最中(さいちゅう)に人質に取られた時は、解決するため射殺されてもいいという誓約書に署名させられた上で獄中に入った。
加藤諦三氏「刑務所に収監された人達が、何を支えに生きているのか?何が一番その人にとって怖いのか?そこら辺が人間核の部分だろうというふうに思っていたものですから、刑務所に行くしかないと思ったんですよ。
最初は相手にされなくて。というのは調査するんなら刑務所に頼んでやってもらえばいい訳ですよ。だけど、僕はそれじゃダメなんだ。
刑務所が調査すると、受刑者はいい子を演じて早く出ようとしますから、本当のことを言わないんですよ。
本当のことを聞くためには、こっちも丸腰、犯罪人と社会人、そういうカテゴリー(※)じゃなくて、本当の人間と人間とで向き合って、
『お前、何が一番怖いんだ?』
と。
だけど条件があって、それじゃ牢(ろう)名主(なぬし)(※)がいるので、その親分とお前との信頼関係が出来たら入れてやるっていうんで、その牢名主と刑務所の外(敷地内の特別室)で何回か会いました。
そこでお互いに一人の人間として向き合って、俺はこういうことを聞きたいんだ。
『お前、何が怖いんだ?』
『人生の意味をどう考えているんだ?』
『このことに本当はこう思ってんだ、という話を聞きたいんだ。』
と言うと、
『わかった、協力する。』
と言ってもらって入れたんです。
ただ、入る時の刑務所側の条件として、万一人質にとられて犯人の解放を要求された場合、警備上の必要がある時は直ちに射殺する。巻(ま)き添(ぞ)えを食(く)って射殺されても文句ありませんという書面にサインしろと言われてサインしました。」
加藤諦三氏は命がけで囚人たちの心理調査を実施した。
「正直言って怖かったです。最初一人で刑務所に入った時、ガッチャンってドアが閉まった時の音は、今でも覚えています。これで完全にこっち側に入っちゃったって。自分の味方は誰もいないんです。
そこで、
『お前、本当に恐ろしいものは何だ?』
と聞いて返ってきた答え、それが、
『意味のない人生』
だったんです。
貧困層の人達が多いわけですよ。その人達が、一番恐ろしいのは貧困と答えていないんです!」
『何を最も恐れるか?』という問いかけに対して、『貧困』という答えが12%しかなかった中で、『意味のない人生』と答えた受刑者が60%という高い割合だった。
「調査が全て終了し、刑務所から出て駐車場まで来て頭上の空を見上げた時、
『あー、これで刑務所に来なくていいんだ。』
と思った。
その時の青空は今でもはっきりと覚えています。」
※カテゴリー…範疇(はんちゅう)。事物が必ずそのどれかに属する基本的な区分。
※牢名主…江戸時代の牢屋で囚人の中から選ばれ、長として牢内の取り締まりに当たった者。
実際は牢内の絶対権力者。
(つづく)
[次号 4月16日]