真宗大谷派 浄円寺
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浄円寺コラム<44> 2021,12,11重共聡
私の宗教遍歴<2>
新宿の接骨院にいた四十代の頃、訪問介護の仕事をしている三十代の主婦が通っていた。
とても感じのいい女性で、僕とも時々会話を交(か)わしていた。
ある日、施術後に彼女が言った。
「先生、お会いしてお話したいことがあるのですが、仕事の後お時間ありますか?」
「はい、大丈夫です。」
ということで、夜8時過ぎに接骨院の外で待っていてくれることになった。
『なんの話かなー?』
仕事中、そのことばかり気になっていたが、全く思い当たらなかった。
でも、悪い気はしなかった。
シャッターを下ろして表へ回ってみると、暗がりの中、彼女が立っているのが目に入った。
顔を合わせるとすぐ二つ折りのパンフレットを手渡された。
それを一目(ひとめ)見るなり、何かなーと期待していた気持ちがみるみるしぼんでいくのが解った。
それは、新興宗教の一つである「霊〇の光」の案内だったのだ。
「霊〇の光」というと僕が19才の時通(かよ)っていた千葉県野田市の大学のキャンパスの隣りに立派な建物があり、白い服装をした若い信者たちが出入りしていたのを鮮明(せんめい)に覚えている。
それで、ピーンときたのだ。
あんな感じのいい女性が新興宗教に入っているなんて、自分には驚きだった。
新興宗教と聞くとカルト教団のイメージがつきまとうが、僕自身、二つの教団の中を覗(のぞ)いた経験がある。
おひかりさん
富山市で太極拳の教室を始めた28才の頃だった。
一緒に活動していたヨガの先生の生徒さんに、新興宗教「おひかりさん」に入っている女の子がいて、いきさつは忘れたが交流を持つようになった。
「気」の面白さにはまり、気を送って体独自の動きを引き出して治療する『自彊法(じきょうほう)』の創始者にも出遇(であ)った頃で、「手かざし」によって相手に気を送るおひかりさんに興味を持ったのは自然な流れだった。
おひかりさんの道場が、僕の太極拳の会場だった富山市護国(ごこく)神社に隣接(りんせつ)する錬成館(れんせいかん)の近くにあり、ヨガ教室の女の子に紹介してもらって、毎週金曜夜の太極拳の稽古前に時々出入りするようになった。
おひかりさんの道場は、僕と同じ二十代の男女で盛況だった。
まず最初に二人向きあって、10分間手のひらを眉間に向けて気を送る「手かざし」をやってもらった。
初めて手かざしを受けた時、すぐに僕の体が前後左右に揺れ始めた。自分の中では、自彊法でよく出る動きで当たり前の反応なのだが、みんな周りに集まってきて、
「ヘビの霊が出て来た!」
と真面目に言っているのを耳にしながら、目を閉じて動きに身を任せている僕は、心の中でおかしさをこらえていた。
手かざしの次はうつ伏せになり、手のひらを10cmほど離して、頭のてっぺんから足先まで移動しながら40~50分かけて気を送ってもらった。
それが、得(え)もいわれず気持ちがよかったのだ。たまに腎臓(じんぞう)の辺(あた)りを指先でギュッと押されると、それがまた、声が出そうになるくらいの快感だった。
宗教的なものにはまったく目が向かなかったが、気功法と割り切って足を運んでいた。
当時は携帯やスマホのようなものがなかったので、連絡の手段は会社の電話だった。時々お昼になると、
「重共さん、電話がかかっていますので、事務所までおいでください。」
という社内放送があった。おひかりさんのお茶会やパーティ―の誘いで、その度(たび)に顔を出していた。
その様子を見ていた二才年上のヨガの先生は、
「重共さん、信仰宗教の女の子だけは(結婚を)止めた方がいいよ。」
と真顔(まがお)で忠告してくれた。
たしかに彼の言うのも解る気がした。
いつもは普通の女の子なのだが、自分の信仰している宗教の話になると、途端に目の色がギラリと変わるのだ。
そのうち、会社への電話が毎日のようにかかってくるようになったので、不安になって距離を置くことにした。
関係は自然に消滅した。
その後、三十代で生活圏を首都圏に移したある夜、赤羽駅の埼京線ホームで若い男性が気分が悪そうにうずくまっていた。
それを見て、近くのベンチに横になってもらい脈拍を測ったり声をかけたりしていた。ふと背後に気配を感じて振り向くと、そこには身だしなみのしっかりした中年の男性が、横になっている男性に向けて手をかざしていた。
それに気づいて、
『人が真面目(まじめ)にやっているのに!』
と心の中でイラついた。
でも、彼は彼なりに真面目だったんだろうなと、後から思い直した。
その自信こそが問題 2019冬
福野のお寺で二カ月に一回の聞法会に顔を出すようになって、気がついたら十年を過ぎていた。
参加者は十名前後で、半数はお西(浄土真宗本願寺派)の住職だ。
平日の夜七時半に始まり、終わるのは十時を超してしまうので、毎回、
「行きたくないなー。」
という思いとの闘いになる。
講師は、藤場(ふじば)さんという石川県のお東(真宗大谷派)のお寺の住職だ。
話は仏教の専門用語が飛(と)び交(か)い、半分近くは解らないのだが、解った時は目からウロコの感動があるのでやめられない。
仏法の話なのだが、日常の出来事に直結しているのが、病みつきになっている理由かもしれない。
「他力の信、それを自分が獲(え)たと思ってしゃべってもいいかという問題。
他力の信を獲たらこうなるとか、それを獲ない者は仏(ぶっ)智(ち)疑惑(ぎわく)というんだよというようなことを言うこと自体(じたい)が、もう本来なら口をつぐまなきゃいけないことなのにも関わらずしゃべる人が結構いるわけですよ。そのしゃべる人がどういう問題を抱えとるか…
私らはオーケーな人たち、あんたらはまだこの中に入らない。信を獲た人と獲てない人とのカベの向こうとこっちの境目が出来てしまう。これをカベと言ったらものすごくスッキリするんですよ。
中途半端な人が二十願じゃなくて、ど真中に入ったと思った人が二十願の中に入り込んでしまう。自分達こそ浄土のど真中だと思っておる人達が一番カベ作っとる。
自信を持っている人に、その自信こそが問題だということをどうやって気づいてもらうかということ。無理ですよ、殆んど。
私は正しいものに出遇ったという思いはなかなか崩(くず)れません。
握り締(し)めているものが、強ければ強いほど硬直(こうちょく)していきます。
柔軟(にゅうなん)心とは正しさを握りしめないということなんです。
正しい解釈、正しい領解(りょうげ)というものを握りしめたら柔軟ではなくなってくる。つまり、その正しさを侵害(しんがい)してくるものに対しては立ち向かっていく。それが硬直した対応(たいおう)です。
崩れるものを持っているものは、崩れることを怖がらない。
正しさに対するこだわりみたいなものが、だんだん溶(と)けて消えていくというのが、仏教の一番大きな利益(りやく)なんです。」
福野 慧聲寺にて
この話は自分にとって衝撃だった。
仏法についてはよく解らなかったが、自分の唯一の取柄(とりえ)である太極拳に照らしてみると、手に取るように解った。
人生の大半(たいはん)をカベを作ることに費(つい)やしてきた自分に、今やっと気がついた。
(つづく)
[次号 12月25日]