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             浄円寺コラム<40>     2021,10,16重共聡

 小さな失敗談<その1>

 エヴィアン

 千葉県野田市で学生生活を始めた19才の頃だった。

 スーパーへ買出しに行ったら、容器にevianというラベルの貼(は)ってある飲物が目に入った。

 それを見た瞬間、スキーの世界大会でアルペンの選手たちが胸につけていたゼッケンが頭に浮かんだ。ゼッケンには、そのevianという文字が鮮明(せんめい)に印刷されていたのだ。

 それで、スーパーでevianのボトルの無色透明な液体を見た時、思わず飲んでみたい欲求に駆(か)られ、一本調達(ちょうたつ)することにした。

 エヴィアンという響(ひび)きのいい発音と、そのゼッケンをつけたヨーロッパの選手たちがカッコよく滑(すべ)る姿から、爽(さわ)やかな味わいを想像していた。

下宿へ持ち帰って早速キャップを開け、ひとくち口に含(ふく)んだ。

「………?」

 その瞬間、あれっと思った。

味がしないのだ。

おかしいなーと思いながら、もうひとくち飲んでみたが、やはりどう考えても、それはただの水だった。

 すぐに、その不良品を手にさっきのスーパーへ引き返し、レジのお姉さんに抗議した。

「これ水ですよ!」

すると、間(かん)髪(ぱつ)入れず予想外の言葉が返ってきた。

「はい、水です。」

「???」

 てっきり「申し訳ありません。新しいものと取り替(か)えます。」という返答がくるものとばかり思っていたので、あっさり「水です。」と言われて、一瞬頭の中が混乱してし

まった。

 

 でも、すぐに自分の思い込みの間違いに気がついた。

今でこそ、南アルプスの天然水とか六甲の水など水が商品として売られるのが当たり前になっているが、当時、田舎から出て来たばかりの自分にとって、水を買うなんて想像もしていなかったのだ。

そして、最初の鼻息がいっぺんにしぼんで、決まりの悪さでいっぱいになった。穴があったら入りたいとはこういう時のことを言うのだろう。

 

 あれから半世紀、evianは今でもコンビニの棚に鎮座(ちんざ)している。

 私の不幸 原稿⑩

「先生、私の不幸を聞いてください。

 私は今、人工(じんこう)透析(とうせき)に通っています。

 娘が一人おりましたが、白血病で去年の春に死にました。主人は、私が四十三才の時交通事故で亡くなりました。

 友達は皆、息子夫婦に守られ、孫の話でもちきりです。

 私は今六十五才になり、一人ぼっちで、もう何の楽しみも、希望も、生きがいもありません。

 死んだ方がいいと思いますが、それでもなかなか死ねません。

 先生、私はどうしてこんなに不幸なのでしょうか?

 過去に何か罪を作ってきたのでしょうか?
それとも先祖の因縁が悪かったのでしょうか?

 教えてください。」

 

「それは、あなたの過去の宿業(しゅくごう)(※)でしょう。

 どんな人生であろうと、過去の深い業報(ごうほう)(※)によって起(おこ)るものです。

 それを運が悪いと歎(なげ)いたり、世間が悪いと恨(うら)んでも、今のあなたの苦しみは解決しま

せん。

 誰もそれから逃げることは出来ないのです。

 だから、諦(あきら)めて受けていくしかありません。

 

『かかる悲しき身』なればこそ、「助けてやりたい。」と仏の願いが起ったのです。

仏は今のあなたの身の中に巻き沿い、共(とも)病(や)みしながら、あなたのその悲しい業のすべてをアミダの慈悲に引き受けて助け遂(と)げてこられたのです。

 その真実が『ナムアミダブツ』です。

 

あなたは、あなたの不幸な業のすべてを投げ出して、その身も心も投げ出して一心に、

「アミダ仏、助けたまえ。」

と頼んで、『ナムアミダブツ』と称えてください。

 あなたの業も罪も悲しみも、みんなアミダの大悲の中に引き受けて下さるのです。

 そして、今のあなたの苦しみも悲しみも、みな喜びに転じてくださるのです。

 どうか念仏してください。

 私も念仏申します。

 ナムアミダ仏、ナムアミダ仏。

   ※宿業…過去に積み重ねてきた喋ったり、思ったり、行ったりした行為(を背負って生きている存在)。

   ※業報…過去に積み重ねてきた行為の報い(としてあるこの人生)。

<連載企画>

医療・介護の世界に足を踏み入れて

 第二部 医療日誌

 その日、自分は二階のリハビリルームでスイッチマン(牽引機(けんいんき)や干渉波(かんしょうは)を患者さんに

セットしてスイッチを入れる作業)をやっていたので、その場にはいなかった。

 それで、前半を目撃していた事務の渡辺さん(二十代女性)に、その時の状況を話して

もらった。

「朝十時頃、受付にいると私とMさん(三十代女性)、阿佐美(あざみ)さん(四十代女性)の三人と、

待合室の椅子に腰掛けた小野沢さん、西町さんの二人とで、窓口越しに話していたんで

す。

 そのうち、小野沢さんが急に、『お腹が痛い。』と言い出したので、西町さんが具合を

聞いていました。

 私はすぐに、処置室の小久保先生に小野沢さんのことを告(つ)げ、それを聞いた小久保先

生が待合室へ出てみると、そのわずかの間に、小野沢さんが壁によりかかったまま目を

つむり、意識を失っていました。

 私たちは、それぞれの持ち場に戻っていたので、小野沢さんが意識を失(な)くしたことに

は気がつきませんでした。」

 

 ここからは、小久保君から聞いた通りにその時の様子を再現してみたい。 

直(ただ)ちに小久保君と医師の三好(みよし)先生の二人が小野沢さんを抱えて診察室のベッドに運

んだ。

結局、低血糖による発作(ほっさ)で、まもなく小野沢さんは意識を取り戻し、

「ここ、どこ?」

と言い出すのだが…。

 それから、トイレに行きたいと言うので、阿佐美さんと小久保君が入口まで運び、そ

こで西町さんが小久保君とバトンタッチして中まで付き添った。

 そして、小野沢さんが便器に腰を下ろそうとした。その時、その日に限ってカバーを

掛け忘れてあった便座が冷たいだろうと、阿佐美さんが、

「ハイッ、この上に乗ってください。」

と、便座に両手を置いたというのだ。

 

「こんなこと誰が出来る?自分の親でも出来ないよ!」

 そこまで話した小久保君は、興奮を隠(かく)せないようすで語気(ごき)を強めた。

 こういうことは、とっさの機転(きてん)が利(き)かないと出来ないし、やろうと思って簡単にできるものでもない。

 家でお姑(しゅうとめ)さんにやっているのかなと、後日、往年の岸恵子に似ている阿佐美さんに

尋ねてみたら、あの時が初めてだと言っていた。

 聞き終わった時、太閤記に出てくる逸話(いつわ)を思い出していた。

 秀吉がまだ木下(きのした)藤(とう)吉郎(きちろう)と名乗っていた冬のある日、主人である信長(のぶなが)が外へ出ようと

草履(ぞうり)に足を通した途端、足の裏に温かみを感じたので、

「サル!」

と、藤吉郎を呼び出し、

「草履を尻に敷(し)いていただろう。」

と問い詰(つ)めるや、藤吉郎は、

「冷たいと思い、ここに入れて温めていたのでござる。」

と、胸元(むなもと)を開いてみせた。すると、そこには土が付いていた。という話だ。

 

 阿佐美さんの場合も、よく思われたいとか、いい事をしようとしてやったのではなく、

心の底から患者さんを思う気持ちが、とっさに便座に手を乗せるという行動をとらせた

のだろう。

 誰かが二杯目のジョッキを空(から)にしてフーッと一息つき、だれに言うともなくつぶやい

た。

「彼女みたいな人がいたら、結婚してもいいなぁ。」

 

 週末で賑(にぎ)わっている店内の、この一角だけが静寂(せいじゃく)の空気に包まれていた。

                                   (つづく)

                              [次号 10月30日]

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