真宗大谷派 浄円寺
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浄円寺コラム<33> 2021,7,10重共聡
高岡銅器 2021春
埼玉県に住んでいる太極拳の友人からこんなメールが届いた。
重(しげ)さん
桜の季節も終わって新緑がまぶしい季節になってきましたね。
その後いかがですか?
今日メールしたのは、こんなこともあるんだな~、という話です。
以前入手してしばらく自室に飾ってあった、高岡銅器の恩師といわれた大塚(おおつか)楽堂(がくどう)(※)謹製の明治天皇像を、ヤフオクで売りに出しました。
別に高く売れたわけではないのですが、その落ち着き先が気になって送り先の住所から調べてみました。
すると、なんとそこは富山県高岡市立博物館になっていたんです。
念のため落札者の方に訊(き)いたところ、やはりそうでした。博物館の収蔵品として登録するのだそうです。
「以前から欲しいと思っておりました。」
という返信をいただいて、落ち着くべきところに落ち着いて自分としても嬉しいやら、何かとてもいい気持ちになりました。
今度富山へ行く機会があれば、この博物館を訪ねて行きたいと思っています。(以下略)
読み終えた時には心が温かくなっていた。
こんなメールがたまにあってもいいなと思った。
※大塚楽堂…本名秀之丞(ひでのじょう)。明治三年山口県生まれ。石川県の九谷焼で陶器原型の指導にあたっていた。富山県工芸学校(高岡工芸高校の前身)の開校とともに金工科の教師として赴任し、退職までの二十四年間に多くの後進を育成した。明治三十四年設立の高岡金工会の初代会長を十年間務めた。代表作に氷見朝日山公園の神武天皇像がある。
告白(こくはく)する救い 原稿⑤
『仏に遇(あ)う』といっても『仏に救われる』といっても、難しいことではありません。
『お助け』は、ただ正直(しょうじき)に、あるがままに、自分を仏の前に告白するところに開かれるのです。
自分の真実を嘘(うそ)、偽(いつわ)りのない本音(ほんね)で告白するのです。
欲の深い人は、底なしの欲の我が身だと告白すればいい。
愚痴(ぐち)の取れない人は、どうしようもなく愚痴の深い私だと名乗(なの)ればいい。
すぐ怒る人は、我が身知らずの短気者(たんきもの)よと頭を下げればいい。
罪の深い人は、罪の深い私ですと懴悔(さんげ)すればいい。
一寸先(いっすんさき)が闇(やみ)の人は、本当は無明(むみょう)(くらがり)の身ですと正直にいえばいい。
悩まずにおれない人は、苦しみ悩みの尽(つ)きない自分だと歎(なげ)けばいい。
薄情(はくじょう)な人は、一番可愛(かわい)いのは自分だ、情けのカケラもない自分だと恥じればいい。
どう生きても、どうなっても、悲しい自分だと歎けばいい。
自分のいのちも悲しいが、妻や子や友や世間の人もみな悲しいと気づけばいい。
「あこ(あそこ)直せ、ここ直せ。」と言われても、持って生まれた自分の宿業(しゅくごう)(身の事実)はどうにもならないと懴悔すればいい。
本当のものは何も見えない、何も解らない、無明(むみょう)の身だと告白すればいい。
結局のところ、どう生きても、どうなっても救われない自分だと告白する他(ほか)にない私です。
そのどうにもならない身も心も投げ出して、アミダにナムしてください。
大いなる弥陀(みだ)大悲(だいひ)のおん前に、そのまんまを素直に正直にあるがままに投げ出して、「アミダ仏助けたまえ。」と心から帰依(きえ)してください。
アミダ如来は、大悲を尽くしてこのナムと帰依するいのちをおさめ取ってくださるのです。
ただ一心に「仏たすけたまえ。」とたのみたてまつる時、人は皆救われてゆくのです。
罪悪も苦悩も暗黒(あんこく)(くらがり)もみなことごとく「仏をたのむ一念」に助けられてゆくのです。
それが弥陀(みだ)大悲(だいひ)の誓願(せいがん)なのです。
恩(おん)徳(どく)広大(こうだい)謝(しゃ)し難(がた)し。
罪深く如来をたのむ身になれば 法(のり)の力に西へこそゆけ 蓮如
極悪(ごくあく)深重(じんじゅう)の衆生は 他の方便さらになし
ひとえに弥陀を称じてぞ 浄土に生まるとのべたもう 親鸞
※訂正…コラム<31>出てきた遺稿2021春の文中で、「先々代の当主が書き残された」の箇所ですが、ちゃんと確認したところ、先代当主の稲塚位(ただし)さんが書き残された原稿とのことでした。
位さんは、地元(北野、蓑谷地区)の小学校の先生でした。読書家でもあったそうですが、仏教について関心を持っていたとは知らなかったと、奥さんが述懐(じゅっかい)しておられました。
また、先々代の一雄(かずお)さんは篤信(とくしん)の書道家で、コラム<31>に紹介した通りです。
稲(いな)塚(づか)家は、世界の食糧危機を救った小麦農林十号の生みの親、稲塚権次郎さんとは親類筋に当たります。
<連載企画>
医療・介護の世界に足を踏み入れて
第二部 医療日誌
先日、ノンフィクション作家で評論家の立花(たちばな)隆(たかし)氏が亡くなった報道を目にして驚いた。『知の巨人』とも言われ数多くの著作を残しているが、僕もそのうちの一冊を買った記憶がある。数ページめくっただけで挫折してしまったが…。
その中に「臨死(りんし)体験(たいけん)」という著作がある。
臨死体験の思想は真宗の教えにはないので、僕自身はそれについて否定(ひてい)も肯定(こうてい)もしない。ただ、そういう人に初めて出会って驚いたのと、それが仮(かり)に夢の中の出来事だったとしても、明らかに本人にとっては心の転換の縁になり、プラスに作用していると思ったので、掲載させていただくことにした。
今を生きる(1)
マッサージのやり方をだいぶつかんできたある日、新患で六十五才くらいの女性に当たった。腰のマッサージをしていると、彼女は不思議な体験を少しずつ語り始めた。
「思い出すと悲しくなるので原因は言えないけれど、大ケガをして一カ月間意識不明だったの。
意識が戻ってからも手足が動かなくて、今こうしてどうにか動かせるようになったのが信じられなくて、周りの人が私の手足に触れて『よく生きているねー。』と驚いていくのよ。」
そして、臨死体験を語り始めた。
「先祖の人が現われて『来い!』と呼ばれたので後をついて行くと、周りは言葉に表現
出来ないくらい素晴らしい色の景色で、とっても楽しい所だったの。」
そして途中で知り合いの人に、
「行くな!」
と呼び止められた。それで戻ったら、ベッドの上に横たわっている自分に気がついたというのだ。
その話を聞いて伊丹(いたみ)十三(じゅうぞう)監督の映画『大病人』を思い出した。
そこで質問を二つしてみた。
「その知り合いというのは亡くなった人ですか?」
「いや、生きている人なのよ。」
「死ぬのはもう怖(こわ)くないですか?」
「全然!あんな素晴らしい所へ行けるんですもの。」
最後に彼女は言った。
「大ケガするまでは私、周りが心配するくらい無口(むくち)で、『黙(だま)っていろ。』と言われるとその方が楽なので、いつまでも喋(しゃべ)らないでいたくらいなのよ。そして、それを治そうといろんな所へ行ったの。
ところが、このことがあってから急におしゃべりになっちゃったの。生きているのが楽しくて楽しくて、この気持ちを言葉にして誰とでも話したくってしようがないの。」
(つづく)[次回 7月24日]
