真宗大谷派 浄円寺
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浄円寺コラム<28> 2021,5,1重共聡
明智ゼミナール日誌(2)
「うちの子が、いつも塾へ行く三十分も前から、そわそわし始めるのですが、一体どんな教え方しているのですか?」
父母会で、中二のラジコンの母親からこう質問された時は、返事に窮(きゅう)してしまった。
というのは、その頃、二時間ある授業時間のうち、後半の一時間は机と椅子を隅へ押しやって、武術つまり突き蹴りや関節技などを教えていたからだ。
男子ばかりの気楽さも手伝って、最初は十分間の休憩時間を利用してやっていたのだが、みんな勉強よりも体を動かしている時の方が目が生き生きしてくるので、つい時間が延び延びになってしまい、気がついた時はもう授業時間が終わっていたといったことがしょっちゅうだった。
ラジコンの母親には、
「えぇ、休み時間に相撲をとったりして遊んでいるからでしょう。」
と答えておいた。
「先生、あのパンチよく効(き)きますね。」
ある晩、高校生のHが話しかけてきた。
「どうした?」
と聞いてみると、事の顛末(てんまつ)はこうだ。
夜、自転車で塾へ向かっていると、ふいに後部の荷台へ不良高校生らしいのが乗ってきて、
「言う通りにしろ!」
と言った。
しかたがないから言われるままにペダルをこいでいると公園に着いた。
そこに仲間が二人いて、
「金(かね)だせや!」
と凄(すご)んできた。
そこで、おとなしくズボンのポケットから財布を出して千円札を一枚抜き、相手の目の前に差し出した。
リーダー格の高校生がそれに気をとられた瞬間、そのお札を放り投げ、いつも塾で稽古しているネコまねきパンチ(まねき猫のような恰好(かっこう)から、軽くチョンと出すパンチ)を顎(あご)に繰り出したら、驚くほど後ろへ吹っ飛んでいった。あとの二人もあっけなく倒れたので、その隙(すき)にサッサと自転車でその場を離れた。
という訳(わけ)だ。ちょっと気の短い所もあるが、正義感の強い彼がよくギリギリまで我慢したなと思った。
Hは小学生の頃から剣道をやっていただけあって、感性(かんせい)には鋭いものがあった。
ある時、目を閉じて立たせ、カレンダーを丸めて剣に見立て、思いきり頭上に打ち込む稽古をした。
するとどうだ、十回試みて九回まで、当たる寸前に彼は身をかわしてきたのだ。後(あと)で聞いてみると、何かを感じたのだという。
Hは学校の勉強よりも、こっちの方に素晴らしい素質を持っているなと思った。
痛いのも煩悩 2020秋
報恩講が終わった翌朝、布団から出て歩き始めると、左足の踵(かかと)を床に着けるたびに痛みが走った。よく見ると踵に長さ五ミリ位のトゲらしきものがあった。ほっておくと皮膚と一緒に排出されるかなと思い、様子をみることにした。
ところがその翌日、今度は金歯(きんば)の根っこの部分が痛み出した。断続的に襲ってくる痛みは結構強烈で、仕事に集中出来なくなってきた。
思いがけず踵と歯の痛みのダブルパンチに見舞われてしまった。
痛みについて、師匠(ししょう)である櫟先生がこんな話をされたことがある。
曽我(そが)先生が亡くなる前に、
「痛いのも煩悩(ぼんのう)でしょう。」
と言われた。
鈴木大拙(だいせつ)先生も、似たようなことを言われたそうですね。腸捻転(ちょうねんてん)だったちゅう話ですね。ものすごい痛いんだそうです。お見舞いに行った人が、
「先生、痛いでしょう?」
と言ったら、
「いや、どうもない。」
ちゅうわけです。どうもない、ちゅうのはこれはいわゆる痛みがないということとは違うんですよ。痛さに振り回されてないっちゅうことです。註釈(ちゅうしゃく)すればね。
それで亡くなる時に、
「何か言い残すことはありませんか?」
と言われて、
「いや、何もありません。ありがとう。(Nothing thank you.)」
というわけです。
そういう生き方、死に方ができるところまで安心(あんじん)が徹底しておるかどうかですわな、我々に。
そりゃあ言うか言わんかは別ですよ。言うか言わんかは別やけど、肚(はら)にそういうちゃんと据(す)わりどころがはっきりしておるかどうか。
そりゃ痛くてたまらんから、痛い痛いと言って死ぬかもしれんけれども、据わりがそこにあるかどうか、そこのところが大事なところなんです。私は(そう)思います。
曽我先生もですね、痛くてたまらなかったらしいんですね。全身神経痛と床(とこ)ずれと両方で、もうほんと難儀(なんぎ)されて、絶食したら早く死ねると思われた。それで、
「食事を摂(と)らん。」
と言われたこともあったそうですけどもね。
「痛いのも煩悩でしょう。」
って言われたって、ま、そこらへんのとこですわね。
やっぱり、平素何もない時に考えとるのと、実際その目に遭(お)うておる時のこととは、大分違うと思います。
(2007,7文京区 求道会館にて)
踵(かかと)の痛みが二日間引かないので、トゲを抜いてもらおうと外科医院へ足を運んだ。
すると、踵を一目見た院長は開口一番、
「これは、ヒビ割れだよ。トゲが刺さる場所じゃないよ。」
と言った。その一言(ひとこと)で、それまでの痛みが痛みではなくなった。
歯痛の方はちょっと厄介(やっかい)だった。高校の同級生がやっている歯科医院で診てもらうと、金歯の根っこのところが化膿(かのう)しているとのこと。早速膿(うみ)を抜いてもらったら、嘘(うそ)のように痛みから解放された。その後詰(つ)め物を入れ替えて、金歯の代わりにプラスチックにしてもらい歯医者通いから放免(ほうめん)された。
『痛いのも煩悩です。』
今回のことで、痛いのも煩悩を持った凡夫です。つまり痛がっている凡夫の姿が浮かび上がってきた。自分は、曽我先生の言葉からそう受け取った。
それにしても、高校時代に入れてもらった金歯が半世紀も持つなんて、当時の地元の歯科医だった及川さんの技術の高さに、改(あらた)めて感心させられた。
<連載企画>
医療・介護の世界に足を踏み入れて
第二部 医療日誌
奇跡の人
住田先生に会ってから一週間後に採用の連絡が来た。ただAKAの手ほどきを受けるまでには、まだいくつかのハードルが待っていた。
同じ系列の整形外科に勤め始めて最初の一カ月は、三階でのマッサージの仕事が中心だった。そこで出遇ったのが武井という二十七才の青年だ。
彼はユーモアのセンスが抜群だった。
例えば、仕事が終わって窓を開けたら、それまで降っていた雨が上がっているので、
「今日は傘を置いて帰ろう。かさばるから。」
とか、患者さんの話の間違いを指摘して、
「勘違い(段違い)平行棒ですね!」
などと言って笑わせていた。
ある夏のこと。僕が、
「武井先生、今日も暑いですね。」
と言うと、彼は少し間をおいて、
「そやね!」
と返してきた。
そやね、というのは僕がよく使う方言なのだが、周りの連中にも受けたのか、それからしばらくは、顔を合わせる度にみんなから、そやね!と冷やかされていた。
また、脳梗塞で左半身に中等度の麻痺のある、父親ほども年の離れた患者さんが、
「もう生きていくのがイヤになった。」
とグチをこぼしていると、
「甘えている!」
と𠮟(しか)りつけたりすることもある。
三階のマッサージは普段(ふだん)三人でやっていて、患者さんは常時十人から多い時で二十人待っているのだが、昼食後はどうしても睡魔(すいま)に襲(おそ)われてしまう。ちょうど高速道路を眠気と闘いながら運転している時のようだ。
そんなある日の午後、重くなった瞼(まぶた)を必死に吊(つ)り上げながら、三階でマッサージの仕事をしていると、隣りのベッドで患者さんを相手にしていた武井先生がこちらを向いて言った。
「重共先生、大丈夫ですか?」
「えっ」
「瞑想に入っていませんか?」
どうして解ったのだろうと驚いた。というのは、彼には視力がないからだ。
(つづく)
[次号 5月15日]