真宗大谷派 浄円寺
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浄円寺コラム<67> 2020,10,29重共聡
<芸術の秋 企画2>
仏画 2012春
整骨院を訪れたヨウイチ君が、入口の戸を開けて待合室へ一歩踏み入れるなり言った。
「ムラカミカガクですね。」
「えっ!」
その一言に、思わず彼の方を見た。
村上(むらかみ)華(か)岳(がく)は明治21年大阪生まれの画家で、幼いころに家族が離散し、神戸の村上家の養子となり、その家の援助で京都の美術学校で学んだ。その後持病のぜんそくのために40歳前に神戸に戻り仏画を多く手掛けた。51歳で亡くなる。
略歴は以上になるが、僕自身は、村上華岳の名は母から何度か聞かされていたので、一応知ってはいた。
当時浄円寺の住職だった僕の祖父が金沢大学附属病院に入院した際、高岡市で画材店のサイゴ堂をやっていた叔父(僕の父の弟)からお見舞いとして贈られ、病室に飾っていたということだった。
今は待合室を入ってすぐ左側の床(とこ)の間に掛けてある。整骨院の前からその位置にあった。
ただ、その仏画に目をとめた患者さんは、少なくとも開業して五年の間は、一人もいなかった。
奥の施術室の床の間の掛け軸は、
「何と書いてあるんですか?」
と尋ねられることが時々あった。ただ、入口の華岳の仏画はうっかり見過ごしてしまうのか、気づく人はいなかった。
それを三十代のヨウイチ君が、入るなり一瞥(いちべつ)しただけで、しかも知っていることを誇(ほこ)
るふうでもなく、さらりと、
「村上華岳ですね。」
と言ってのけたのにはビックリした。
そのことを、月忌参りの際にヨウイチ君の両親に話したら、
「とにかく本が好きで、いろんなジャンルの本を読んでいるからでしょう。」
と言われた。
あれから十年経ち、教育者や僧侶、お茶・お花の先生などを含む様々な職種の人達が訪れているが、タテ・ヨコ40cmの額から見(み)下(お)ろしている仏様に目をとめた人は、未(いま)だにヨウイチ君のほかにはいない。
水戸黄門にみる真宗門徒の立場
我々の日常生活でとっている立場というのは、水戸黄門の立場です。つまり、あくまでも自分が正しいと自己主張し、自分の立てた善悪や道徳をものさしとして相手を裁(さば)く善人の立場です。
それに対して、親鸞聖人が正信偈でとっておられる立場は、自分のことを極重悪人といっておられるように、裁かれる悪人の立場です。
今回は、この二つの立場の心のあり方を、少し掘り下げてみたいと思います。
前者は、自分を立てて自己主張する生き方。つまり、現在の我々の生き方です。
(⇒自己肯定道…自己主張,道徳,善人)
後者は、自分を否定した生き方。親鸞聖人の生き方です。
(⇒自己否定道…悪人)
まず善人の立場から考えていきたいと思います。
例えば、何かいいことをした時のことを想像してみてください。小さな親切でもいいです。
僕自身に関していうと、先日、燃えるゴミの収集日にゴミ袋を公民館前にある小屋まで持って行き、帰ろうとした時、公民館の前に止まった車から見知らぬ人が降りてきて、五箇山へ行く道順を聞かれました。その人の持っていた地図で説明してあげると、すぐに解ったようで、お礼を言って立ち去られました。
その時、いいことをした後に決まって感じる爽快感(そうかいかん)と、自分が何かいい人間になったような、高揚感(こうようかん)、高ぶりのようなもので心が満たされました。
そして、その日のお天気のように晴々(はればれ)とした気持ちで、新鮮な空気を胸いっぱい吸い込み、青空を眺(なが)めながら家路(いえじ)に着きました。
次に、悪人の立場について考えてみたいと思います。
例えば、自分のとった相手を傷つける行為に対して、
「悪かった、すまなかった。」
と心から深く反省している時、相手のことを思うと、身もだえするほどつらく苦しくなることがあります(加害者意識)。
ただ、その気持ちの方向を自分の内側にむけ、自分の我執、つまり自分のことしか考えない心、自分可愛いの心でいっぱいだということに気づき、そこにある(本質的な)愚かさ浅ましさに恥じいった時、
「あぁ浅ましい。思い上がっていた。」
と、おのずから頭が下がってきます。
ただ、その時、同時に何か深い落ち着きのようなものが感じられないでしょうか?
この二つの心持ちは明らかに違っていると思います。
前者は、いいこと、道徳的に立派なことをして、うきうきしている気持ち。
それに対して後者は、自分の心を反省してあぁ情けないと、頭が下がる気持ち。深い自己洞察の気持ち。
皆さんは、どっちの方がいいですか?
まとめてみます。浄土真宗は「自覚の宗教」であるといわれていますが、一体何を自覚するのでしょうか?
【Q】何だと思いますか?
【A】それは自分の心の本質です。
自分の思いを拠(よ)り所にしていたのが、その思いの中に真実のものは何ひとつなかった。
つまり、こころの本質は妄念でしかないということ。 (一念(いちねん)他(た)念(ねん)文意(もんい)⇒凡夫というは、無明煩悩われらが身に満ち満ちて、欲も多く、怒り、腹立ち、そねみ、ねたむこころ多く、暇なくして臨終の一念に至るまでとどまらず、消えず、たえず…かかる浅ましき我ら…)
ただ、自分の心の本質は、自己正当化、自分が正しいという思いでいっぱいなので、教えによらないとそれは、解りません。
つまり、教えのひかりに照らされた時、自分の正体が浮かび上がってきます。その姿を、親鸞聖人は煩悩いっぱいの極重悪人でしかないといっておられるのだと思います。
それを自覚したとき、今まであたり前に見過ごしていた些細(ささい)なことに対して、「もったいない」「おかげさま」という思いが、おのずと湧き上がってくるのではないでしょうか?
医療・介護の世界に足を踏み入れて 第四部 開業
背水(はいすい)の一手(いって) 2012冬
治療技術の修得のために整形に三年近く、整骨院には六年間勤めていたのに、よく耳にする割には一度も来院患者がなく、従ってまだ経験したことのない外傷(がいしょう)があった。
肩関節脱臼だ。そのため、
『もし、開業してから肩関節を外(はず)した患者さんが来たらどうしよう…。』
という一抹(いちまつ)の不安があった。でも、いざとなったら病院へ行ってもらう手もあると自分に言い聞かせていた。
幸いなことに、田舎で整骨院を始めてから何事もなく四年半が経過した。
そして、そんな心配事はすっかり忘れていた頃、思いがけない形で不安が現実のものとなる出来事が降りかかってきた。
二月二日雪。最高気温0℃。
前日から大雪警報が出ていて、その日がピークだった。
朝食を済ませた後、一晩のうちに膝の高さまで積もった整骨院入口の雪を用水路へ流し、続いて東の客間の屋根に上ってスノーダンプで雪下ろしに取りかかった。
午前十一時を回った頃、一台のワゴンが参道から入ってくるのが目に入った。
作業を中断して屋根から下りていくと、近くに住むKさん(八十代女性)と、もう一人知り合いらしい運転手の男性が立っていた。
僕の顔を見るや、Kさんは言った。
「肩が外(はず)れたんで診(み)てもらいたいがやけど。」
「えっ?!」
関東に住んでいる息子さんが昨日から実家へ帰省していて、つい先ほど除雪の最中に肩を脱臼したので来てほしいとのことだった。
『肩が外れた。』
その一言は、最初は他人事のように感じられた。が、一瞬間をおいて自分に重くのしかかってきた。肩関節脱臼は今まで実際にこの目で見たことがなかったし、もちろん整復もやったことがないのだ。
僕は、請(こ)われるままにワゴン車へ向かって歩き始めた。が、二三歩進んだところで足が止まった。
「ちょっと待ってください。」
一(ひと)言(こと)残して踵(きびす)を返し、小走りで整骨院の方へ向かった。心も体も浮足(うきあし)立っているのが分かった。
書棚で肩関節脱臼の整復法を書き留(と)めた授業ノートを探したが見つからないので、柔整の教科書を抜(ぬ)き取ってすぐにKさんの待つ玄関へ引き返した。
歩(ほ)を進めながら肩関節脱臼の箇所を探していたが、思い直して本を閉じ、家に置いて表へ出た。
じっくり読んでいる時間はないし、今さら教科書を見ているようじゃ相手に不安を与えるだけだと思ったからだ。
(つづく)
[次号 11月12日]