真宗大谷派 浄円寺
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浄円寺コラム<68> 2022,11,12重共聡
私の宗教遍歴<4-①>
今回の内容は、超能力や、霊、オカルトとはまったく無縁の出来事です。
誰にでも備わっている察知(さっち)能力によるものです。
開けごま!1987夏
別に寺に生まれたから言うんじゃないけれど、仏像は語りかけてくる、そう自分は信じている。
年一回、学生時代の仲間四人で、老舗(しにせ)旅館をやっている友人のところへ繰(く)り出して旧交(きゅうこう)を温(あたた)めている。
その年の熱海同窓会は、帰路、駅近くのMOA美術館に寄ろうということになった。
いろいろ見て回り、鎌倉~江戸期の仏像が展示してあるフロアーに入った。
三十体くらいだったろうか。壁を背にして一定の間隔で並んでいる仏像の前をゆっくり歩を進めていた。そして、ある小さな立像の前に立った時だ。
思いもかけず、フワァーッと何か目に見えない力で押され、気がついた時は数歩後ろに下がっていた。
おかしいなと思いながら、もう一度元の位置に戻ってみた。が、やはり結果は同じで明らかに後方へ押されてしまった。
この様子をそばで見ていた武道家の友人が、
「どれ。」
と言って同じ位置に立ってみた。が、特に何の変化も現われなかった。
三十代の後半、空海ブームが訪れた。その影響もあってか僕も真言宗に興味を持つようになり、空海著「般若心経秘(ひ)鍵(けん)」を愛読し、加持(かじ)祈祷(きとう)によって病気を治すので有名な真言宗寺院の会員になり、毎週日曜の午前中に通っていた。
休みの日には、大きな数珠を繰りながら真言を千回万回唱える行(ぎょう)にチャレンジすることもあった。
特に病気治(なお)しには、自分がやっている気功の方面から興味があった。
ただ、ある日のこと、お布施が大きいほど効(き)き目があると聞いて、生活の苦しかった自分には無理のような気がして、気持ちが徐々に離れていった。が、それはまだ先の話。
熱海のMOA美術館での出来事があって三年程たった頃、弘法大師(空海)ゆかりの地、和歌山県高野山へ登ろうと思いたった。
宿坊(しゅくぼう)に二泊して、金剛(こんごう)峯寺(ぶじ)や奥(おく)の院(いん)などを見て歩いた。
二日目に、仏教美術品が陳列(ちんれつ)された博物館へ立ち寄ってみることにした。三年前のMOA美術館でのことが心の隅(すみ)に引っかかっていたからだ。
内心ひそかな期待を抱(いだ)きながら仏像を見て回った。が、どの仏像の前に立っても何の変化も現れない。
そのうち、ある薬師如来像の前に来た。ここでも特に変わった様子は見られなかった。
その時、不意にある考えが頭に閃(ひらめ)いた。何の根拠(こんきょ)もなかったが、ともかく心の中でうろ覚えの薬師如来真言(しんごん)を唱(とな)えてみた。
「おんころころ…」
その途端、ファーッと目の前の仏像から風のようなものが吹いてきて、僕の身体は後ろへひっくり返ってしまった。
アラビアンナイトにある『アリババと四十人の盗賊』を思い出していた。
「開けごま!」
と言うと、ガァーッと洞窟の扉が開くあの話だ。
(つづく)
生きた話<その四>
それにしても、いよいよワシが頭を下げたら、それは純粋に下げたんじゃないんじゃということ。下げりゃ楽になるとか…ね。いろいろな自分の要求が、はよ言や(早く言えば)、助かりたいけん、下げるんじゃのう。
それは我(が)じゃね、自力じゃないか、その心は…こういうことを、一生懸命考えるんじゃ。
そりゃあんた、ワシが接するのはその坊主以外にも、朝からあんた女房に向かわにゃならんね。隣近所の人にも向かわにゃならん。あらゆる人に向かうが、その時に頭が下がらんのならば意味がない。
あの時には頭を下げたが、今日は下がらん。それを迷いと言うんや。そう考えるんやワシ。
そこで、いよいよ悪性(あくしょう)なもんじゃということを知るのですよ。
そやけ、ワシが頭を下げて、下げたことによって自分が喜ぼうとか、安楽な気持ちを得ようとかいうのが、我(が)じゃの。
こういうふうに自分には考えられる。
そうすると、いよいよ本性(ほんしょう)は、悪性さらに止(や)まんちゅうがの。悪性がいつも動いとるちゅうことやの。
じゃが、その悪性が動いとる者が、頭下げんにゃということを思うのは、それはまだ、自力(じりき)聖(しょう)道門(どうもん)(※)の気持ちである。
自力で頭を下げる、それで自力で頭を下げたのは、どうしてもこいつあ、相手も下げんにゃあ喜ばんやつです。
そういうようなことはのう、子供の頃から思いよった。
学校へ行っとったらのう、お百姓さんが麦畑で働いとった。
「おはようございます!」
ゆうてワシが言うたらのう、
「おう、おはよう!」
と言うかと思えば、一言(ひとこと)も返ってきやせん(返って来やしない)。
「このクソじじい、ワシがお早うございます言いよるのに、返事もしやがらん。もう言うちゃるかいクソ!」
そんならそれでおれるか言うたらの、またぞろ翌日、今度は麦畑の中でお婆(ばあ)さんが働いちょった。
「もう言うちょるかい。」
こう思うても、
「仕事しとるそばを、お早うございますも言わずに黙って通ると、あいつ人に挨拶することも知らん奴じゃのう。と、向こうが思いやすまいか…」
こう思うんじゃワシは。そうすると、
「言いとうないけれど、もし言わんにゃ、あいつは礼儀を知らん奴やと言われやすまいか。後から悪く言われとうない。」
という思いが起ってくる。そこで、
「おばあさん、おはようございます!」
言うたら、やっぱり夫婦や、無視されてしもうた。その態度にまた腹が立った。
言わんにゃ後(あと)から、
「あいつは礼儀も知らんもんじゃと言われやすまいか。」
と心配になる。つまり、自分が落ちとうないというところで右往左往しとる。
うーん、こりゃいよいよ。我(が)というもん…落ちとうない、悪う言われとうない。こういうことで苦労するんじゃの。ワシは。
※自力聖道門…自分の力によってさとりを獲(え)ようとする仏道。
<連載企画>
医療・介護の世界に足を踏み入れて 第四部 開業
背水の一手
肩関節の整復法は専門学校時代に実習で何度も練習していたので、一応頭には入っていた。
一分余りで、車はKさん宅に到着した。
重い足取りで玄関口へ向かおうとする僕の背後(はいご)で、
「こっちや。」
というKさんの声がした。
振り向くと、Kさんは右手にある納屋(なや)の上を指差(ゆびさ)している。
一瞬、その意味が解らなかったが、すぐに事情が呑(の)み込めた。
視線を上げると、雪の積もった屋根の上にうずくまるようにしている息子さんの姿があったからだ。
僕はサングラスを外して預(あず)かってもらい、ほぼ垂直に立て掛(か)けてあるハシゴを上(のぼ)っていった。
屋根(やね)瓦(がわら)の上に顔を出すと、息子のTさん(六十代)は中腹(ちゅうふく)の雪の上であぐらをかき、外
れたと思われる左腕を右手で押さえていた。屋根雪おろしの最中に脱臼したらしい。
「これじゃハシゴをつたって下(お)りるのは無理だ。」
本人は意外にしっかりしていて、よく脱臼するのだと説明してくれた。
「ということは習慣性脱臼か…。」
衣服の上から触診(しょくしん)してみると、本人の言う通り、本来左肩の外側にふっくらと確認できるはずの骨頭(こっとう)(※)が鎖骨の真ん中あたりに来ていて、左肩(ひだりけん)峰端(ぽうたん)(※)は凹(へこ)んでいた。教科書で教わった通りだ。
Tさんは、以前脱臼した時自分であれこれやっているうちに偶然入ったことがあるが、今回はうまくいかないと言っていた。
その時頭に浮かんだのが、
「脱臼だけだろうか?」
という疑問だ。
もし、骨折(脱臼骨折)があるのを気づかず無理に脱臼の整復をした場合、折れた先端が神経や血管を損傷(そんしょう)しかねないと専門学校の授業で教わったことを思い出した。
いきなり整復に入らないで、まずレントゲンを撮(と)って骨折がないか確認したほうがいいと念を押されていた。
でも、この際そんなことを言っていられる状況じゃない。それは、屋根の上にいる自分が一番よく解っていた。
さいわい、Tさんには肩の脱臼歴があったので、その際骨折がなかったか確認してみると、ないという返事が返ってきた。
そのことが、整復をやる方向へ後押(あとお)ししてくれた。
※骨頭…骨の端の球状になっている部分。 ※肩峰端…肩の角のあたり。
(つづく)
[次号 11月26日]