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             浄円寺コラム<46>      2022,1,8重共聡

人生は出遇い

NHKのプロフェッショナルという番組で、健さん(※)が言っていました。

「やっぱり出会う人でしょうね、一番大事なのは。どういう人に人生で出会うか、そこで決まるんじゃないですかねえ。」

 まさにその通りだと思いました。

 僕自身は全くたいしたことのない人間ですが、人との出遇(であ)いには本当に恵まれたと思っています。

 人付き合いが苦手な自分にとって、期(き)せずして訪れたかけがえのない出遇いのいくつかを、気の向くままに綴(つづ)ってみたいと思います。

 

「出会い」でもなく「出逢い」でもない。あえて「出遇い」という字を当てました。

遇(ぐう)は偶(ぐう)に重なって偶然(ぐうぜん)にあうことを指す。それほど、人生の途上(とじょう)での出遇いには自分の思いを超えた縁を感じています。 

                           ※健さん…映画俳優高倉健。       

                          

(その一)三軸(さんじく)修正法(しゅうせいほう)、池上(いけがみ)六(ろく)朗(ろう)先生との縁

 三十代半ばに、新宿中央公園近くのビルにある一室へ三軸修正法を学びに通(かよ)っていた。

 三軸修正法とは、航海術の原理(ジャイロスコープ)により、身体を貫(つらぬ)く三つの軸(上下・前後・左右)を整え、治癒力(ちゆりょく)を高めて健康をとりもどす画期的(かっきてき)な療法だ。

 

当時僕は学習塾をやっていたのだが、治療にも密(ひそ)かに関心を持っていた。

 そんなある日、学生時代の武道の友人が、

「三軸何とかをやっているよ。」

と言っていたのが耳の底に残っていたので、思い切って自分も教わりたい旨(むね)を打ち明け、教室へ連れて行ってもらったという訳だ。

 当時、三軸修正法は今ほど知られていなかった。

池上先生のご子息が難病にかかり、いろんな情報を頼りに藁(わら)にもすがる思いで日本全国の治療家を訪ね歩いたが一向によくならず、結局先生が自分で治療法を考案して治したというのが誕生秘話だったのではないかとおぼろげに記憶している。

 

新宿中央公園に隣接するマンションの一室で、毎週木曜の午前と金曜の夜に教室があり、創始者の池上先生は実家のある長野県松本市から通っていた。

 僕は仕事の都合で木曜の午前のクラスに通うことにした。

 午前十時から正午までの二時間だったが、主婦層が中心で床に腰を下ろして思い思いの恰好(かっこう)で聞いていた。

 意外なことに時間の殆んどが理論の話だった。物理学を中心にいろんな分野に及び、池上先生の世界に引き込まれてあっという間の二時間だった。

 トレーニングウェア姿の先生は、大学教授といった雰囲気が漂っていた

 実技は終わりの十分くらいで、みんな立ち上がって輪になり、仕上げは先生が一人ずつ四~五秒位でパッパッと治療して回ってくれた。

 

入会して間もない頃、気になっていたことを池上先生に切り出した。

「学生時代インドへ行った時、同じツアーに松本市の林(りん)昌寺(しょうじ)という浄土宗のお寺の住職で松本深志高校の先生が、奥さんと一緒に参加していましたよ。」

それを聞くなり池上先生は、

「彼は私の幼友達(おさなともだち)で、子供の頃はよくお寺の境内で遊んだものです。」

と言われた。

思いがけない言葉に、

『こんなところでつながっていたなんて!』

と、世間の狭(せま)さを身をもって感じた。

 

それから一年ほど経った頃だろうか、もう一つ気になっていたことを尋ねてみた。

恩師が母校の商船学校の先生だという話をよく耳にしていたので、

「うちの近所に富山商船の先生がいます。」

と言うと、

「なんという先生ですか?」

と聞かれたので、

「松崎さんです。」

「松崎次夫(つぎお)さんですか?」

「そうだと思います。」

僕の言葉に池上先生はとても驚いた様子で、

「それは私の恩師です。」

と言われた。

 

あまりに身近な縁だったのでびっくりしたが、

『インドよりこっちの方か!』

というのが本音(ほんね)だった。

松崎次夫さんは僕が子供の頃からよく知っていて、いつも笑顔のきさくなおじさんという印象で、教壇に立っているイメージは正直あまりなかった。

それから何年かして、帰省した時に母が、

「松崎さんにこの間会った時に、最初は言い出しづらそうにしておられたけど、聡(さとし)が松崎さんの教え子(池上先生)のところへ習いにいっていると、ちょっとはにかみながら嬉しそうに話しておられたよ。」

と言うのを聞いて、即座(そくざ)に松崎さんのあの笑顔が浮かんできた。

 

 池上先生の話の内容は、既成(きせい)概念(がいねん)にとらわれない柔軟な発想からくる目から鱗(うろこ)の話がよくあった。たとえば、

「仕事が嫌になったら、それは自分に合っていないんだから、何も我慢して続けることはなく辞めて自分に合った仕事を探せばいいんですよ。」

とか、

「聞く姿勢はきちんと正座してきく必要はまったくなくて、ごろっと横になって聞くのが楽だったらその人にとっては、それがいい姿勢です。」

「日本人は努力して苦労して技術を習得するという価値観が染(し)みついていますが、別に苦しい思いをしなくて出来ればそれにこしたことはない。三軸はやり方が解れば誰にでもすぐ出来ます。」

 

 三軸を紹介してくれた武道家の友人と一緒に、松本市の先生宅に一泊二日で遊びに行ったことがある。その際、隣接(りんせつ)する研究所で施術(せじゅつ)の様子を見学させてもらったが、早朝六時から出勤前のサラリーマン達が来院していたのには驚いた。

 

僕が柔整専門学校に入学が決まった時は、

「普通(コネがない)の人は、満点とらないと入れないよ。」

と自分のことのように喜んでくれた。

 専門学校へ通うために、教室へくる最後の日に、塾で使っていた重力の実験装置を寄贈した。

 その後足が遠のいていたが、平成十八年、お寺を継ぐため富山の実家へ戻る前に、新宿の教室アシュラム・ノヴァへ挨拶に行った。

 その時先生に、

「(三軸の)先輩として。ここへ来ているみんなに何か一言(ひとこと)。」

と急に振(ふ)られ、緊張しながらしゃべったのを覚えている。

 午前の教室終了後、近くのお店で昼食をご馳走(ちそう)になった。

 

   

<新春特別企画>「本当に長生き」とは

 太極拳の仲間に、石川県白山市にある真宗大谷派浄土寺の住職で、金沢真宗学院の講師をしている大窪さんがいます。

「浄土寺だより」という寺報を発行していて、刷り上がるたびに金沢市の稽古日に一部持ってきてくれます。

 その日に渡してくれたのは、「浄土寺だより」ではなく、金沢別院発行の機関紙「おやまごぼう」でした。

目を通してみると、実直(じっちょく)な彼には意外なほどユーモア溢(あふ)れる文面で、大窪さんの新たな一面を垣間(かいま)見た思いがしました。

 新年最初の法話欄をどんな内容にしようか考えていた時、この文章が浮かびました。

 初笑いとまでいかなくても、読みながらクスリと笑っていただけたらいいかなと思います。

 

「本当に長生き」とは     浄土寺住職 大窪康(こう)充(じゅう)  

 先日、ある門徒のおばあちゃんに、

「長生きしたいですか?」

と尋ねました。すると、

「あんまり長生きしたくないわ…」

と言うのです。

 でもそのおばあちゃん、薬の種類にはめっぽう詳(くわ)しく、また健康サプリメントは一日も欠かしたことはありません。

 また、別のおばあちゃんが言います。

「やっぱりピンピンコロリや。私はいつ逝(い)ってもいいわ。」

と。私が、

「じゃあ、今はどうなの?」

と聞くと、

「それはちょっと困る。」

と言うのです。

 奈良県斑鳩町(いかるがちょう)の「吉田寺(きちでんじ)」、通称「ポックリ寺」は有名です。

 周りに迷惑をかけず、ポックリ逝きたいと祈願(きがん)する人は絶(た)えません。

 以前、ある先生からお聞きしたのですが、団体参拝で来られたおばあちゃんが、お寺で祈願し、帰りの石段を一歩一歩下りて行く途中で、つまずいて転(ころ)んだそうです。そこで思わずでた言葉が、

「あ~、ポックリ逝かんでよかった。」

 ピンピンコロリと言いながら、ここでは逝きたくない。いつ死んでもいいと言いながら、今は困ると言う。長寿社会の現代、本当に生きるということが解らなくなっているように思います。

 

 朝日新聞の「天声人語」に書かれていました。

「長生きの秘訣(ひけつ)はなんですか?」という問いに対して、「教育」と「教養」が大事だと言うのです。

 難しいことではありません。

「きょういくところがある」「きょうようじがある」ということです。

 皆さんは、習い事や趣味など、長生きの秘訣(ひけつ)として「今日行くところ」や「今日用事がある」生活を送っているかもしれません。

ただ、ぜひ忘れてほしくないことは、今日行く所の「お内仏(ないぶつ)」であり、今日用事のある「お給仕(きゅうじ)」です。

 私たち一人ひとりが、お内仏(※)へと身を運び、お給仕(※)という大切な用事をすませる。あなたが本当に出遇ってきた尊いもの、あなたが本当に大切にしてきた人のご命日を忘れないなど、そういうあなたの生きた証(あかし)が、阿弥陀仏(無量(むりょう)寿(じゅ)如来)に手を合わせる姿を通して、周りの有縁(うえん)の人々へと伝わっていきます。

それが本当に長生きするための第一歩だと思いますが、どのように感じられますか?

 

 さて、曇鸞(どんらん)大師(だいし)は、長生きするために、道教(どうきょう)の長生(ちょうせい)不死(ふし)の仙術を学びました。

 ところが、三蔵法師(※)の菩提流支(ぼだいるし)が浄土の教えを授(さず)けることによって、曇鸞は今までの学びが翻(ひるがえ)り、「本当の長生きとは何か」を覚(さと)りました。

 まさしくそれは、念仏を称え、無量寿(無量寿如来の願い)に生きることだと言うのです。

 

「人生は長さだけではない。幅もあれば深さもある。」(金子(かねこ)大栄(だいえい))

 たとえ何歳で亡くなろうと、後の人々が無量寿(如来)に手を合わせ、亡き人を幅もあり深さもある人・諸仏として仰(あお)いでいく。それと同時に、私自身が今すでに幅もあり深さもあるこの瞬間、今日一日をかみしめて生きることが、亡き人と共に、私自身の長生きにつながっていくのだと思います。

 ある保育所の食前のことばです。

「つるさんやかめさんのように長生きできますように、つるつるのまずにゆっくりかめかめ、いただきます。」

 無量寿に生きる。そして無量寿より賜(たまわ)る私であればこそ、何事においても鵜呑(うの)みにするのではなく、一つひとつゆっくりかみしめて生きてゆきたいものです。

    ※お内仏…真宗門徒の家の仏壇のことをそう呼んでいる。

         ※お給仕…お花を替えたり、仏飯をあげたり、お供えをしたりすること。

           ※三蔵法師…インドの言葉で書かれた経典を漢文に翻訳した高僧。

 

                                   (つづく)

                                                         [次号 1月22日]

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