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              浄円寺コラム<32>    2021,6,26重共聡

明智ゼミナール日誌(3)

中3英語 タイタニック 2021春 

 コロナワクチン予約開始の朝、いくら電話してもつながらず、インターネットも閉じた状態だった。先月に続いての事態に、

「またか!」

とイライラが始まった。

 仕事中も予約のことが頭から離れない中、あるストーリーが浮かんで来た。

 電話予約に殺到する様子が、歴史上のある出来事と重なって見えた。

その話を思い出しているうち、予約を取れないイライラはいつの間にか消えていた。

 

ある出来事というのは豪華(ごうか)客船タイタニック号の遭難(そうなん)。

 大ヒットしたジェームズ・キャメロン監督の映画では、沈没しつつある大型客船の乗客が救命ボートに殺到(さっとう)するシーンが緊迫感溢(あふ)れる描写で撮(と)られていた。

 この映画の感動はかなりのもので、北の丸公園にある科学技術館でのタイタニック展に足を運んだくらいだ。

ただ、僕がもっと心惹(こころひ)かれたのは映画とは別の小さな実話だった。

 

 平成元年前後の五年間、埼玉県川口市で小中学生相手の学習塾をやっていた。

 当時の中三英語の教科書(NEW HORIZON 東京書籍)に掲載されていたのがその実話だ。

 三十年ぶりにその英文を読み返してみた。

 

 Miss Evans on the Titanic (タイタニック号のミス・エヴァンス)

 1912年4月の美しく晴れた日の午後、タイタニック号はイギリスからアメリカに向けて処女(しょじょ)航海に出発した。

 タイタニック号は、今まで建造された最も大きい船のうちの一隻(せき)だった。約2,200名の人々が乗船していた。

 船の中のものはすべて新品(しんぴん)できれいだった。乗客みんなが船旅(ふなたび)を楽しんでいた。

 

しかし4日後、辺(あた)りが次第に寒くなってきた。

 タイタニックの周りには、いくつかの氷山が浮かんでいた。氷山は船にとって危険な存在だ。

 海面から見えるのは氷山の一部だけで、その殆(ほと)んどは海中に隠(かく)れているのだ。

 その夜遅く、氷山を見張っていた男が、船に迫(せま)って来る巨大(きょだい)な氷山を見つけた。彼は叫んだ。

「前方に巨大氷山発見!」

しかし遅すぎた。タイタニックは氷山に衝突し、ゆっくりと海中に沈み始めた。

 すべての乗客は、早く船から脱出しなければならなかった。

 最初に女性と子供が救命ボートに乗せられた。

 しかし、一人の婦人が取り残された。

 彼女は、船の縁(へり)へ来て叫んだ。

「あぁ、どうかどうか、私のために乗れるスペースを作って下さい。私の子供達がそのボートにいるのです。わたしは子供達と一緒に行かなければなりません。」

「ここはもう一杯で乗せるゆとりがない。」

ボートの中の誰かが叫び返した。

彼女の小さな息子と娘は、母親の声を聞いて泣き出した。

「お母さん!お母さん!」

 でも、誰もどうすることも出来なかった。

 

Suddenly a young woman sitting near the poor children stood up and said,

“I’ll go back to the ship, I’m not married. Ihave no children.”

There was no time to lose. The young woman went back to the ship, and the children’s mother got into the lifeboat.

Soon after that, the Titanic went down under the sea.

The young woman’s name was Miss Evans. She was going home to Boston.

No more is known about her. That night about 1,500 people lost their lives. Miss Evans was one of them.

 突然、可哀(かわい)そうな子供達の近くに座っていた若い女性が立ち上がって言った。

「私が船に戻ります。私は結婚していません。子供もいません。」

 もう一刻(いっこく)の猶予(ゆうよ)もなかった。その若い女性は船に戻り、子供達の母親は救命ボートに乗り移(うつ)った。 

 それからまもなく、タイタニック号は海中へ沈んでいった。

 若い女性の名は、ミス・エヴァンスといった。彼女はボストンの住まいに戻るところだった。

 彼女についてそれ以上のことは知られていない。その夜1,500人の命が失われた。ミス・エヴァンスはそのうちの一人だった。

 

 

 ワクチン接種予約開始の翌日、整骨院に来た患者さんからインターネットはつながるという情報を得た。

 それを聞くや、矢(や)も楯(たて)もたまらず患者さんに待ってもらってパソコンを開いた。

 予約が取れた時は、心底(しんそこ)安堵(あんど)感に満(み)たされた。

 ただ、僧職に携(たずさ)わっている身として、「一人でも救われないと自分は救われない。」という大乗(仏教)の精神に反するんじゃないかと反省の心が覗(のぞ)いた。が、月忌参り先で、

「それは、煩悩を持っている人間だもの。当然よ。」

と言われ、それもそうだなと思った。

 

 

今日はこれだけをいただく 原稿②

 今日はどこに行くあてもない。

仕事もない。

遊びに行く所もない。

 まずは、ここでお茶を飲んでテレビを観(み)たり寝転んだり、

今日はこれだけをいただく。

 

 今日は気が進まぬが仕事に行く他(ほか)にあてもない。

 もっと給料のいい会社に行きたいけれど、今日私を待っているのはこの職場だけ。どうにもならない。

 車は高級車に乗りたいけれど、ここにあるのは中古の軽四(けいよん)。

あれこれ思ってみてもあるものはあるし、ないものはない。

 今日はこれだけをいただく。

 

 今日は留守番(るすばん)、その他に今日の私の居場所(いばしょ)はない。

 今しか、ここしかない場所は、私にとっては尊(とうと)い場所。

 今日はこれだけをいただく。

 

今日は病院のベッドの上だ。

外出禁止で、食事も与えられた分(ぶん)だけ。

いい服も着たいけれど、与えられたのは浴衣(ゆかた)一枚。

 どうにもならん、頂いたままに。

 

今日ここは選ばれた場所。

文句のつけようのない場所。

 天地いっぱいの場所。

 今をいただく。

 ここをいただく。

 いただき切れない「今日」「今」の恵みをいただいて生きる。

 

ここは娑婆(しゃば)、逃げたらあかん。

 悲しい時には大声で泣け。

 苦しい時にはのたうち回れ。

どん底に落ちきりゃ仏に遇える。

 

幸せは、今ここをいただく心に。

 

幸せは今ここをいただく心に 原稿③

 幸せは向こうからは来ません。

 待っていても来ません。

 幸せはいただいてこそあるものです。

 例えば、タライの中の水のようなもので、掴(つか)めば逃げるけれど、いただけば両手に満ちてくださるものです。

 今与えられているものに感謝する時、幸せは満ちあふれてくださるものです。

 とにかく、ないものねだりは止(や)めましょう。

 今いただいているものだけで、いただき切れないじゃないですか。

 幸せは、どこどこまでも今ここにいただく心に。

 

 明日は逢えないかもしれない。

 そう思うと、どんなにやさしくしても、やさし過ぎるということはない。

 

幸せはお陰さんから 原稿④

幸せは「お陰さん」の言葉から賜(たま)わるのです。

心は後でもいいんです。

いつでも、どこでも「お陰さん、おかげさん。」と言ってごらん。やがておかげさま一杯になります。

本当は、おかげさまの中にいるんですから。

「おかげさん、おかげさん。」

 おかげさんから賜(たま)わる幸せ。

                                  (つづく)

                              [次号 7月10日]

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